第56回ぎふ梅まつりのため梅林公園に行って参りました。さわやかウォーキングではありません
2008.03.09 Sunday | category:旅日記
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
今日は、名鉄電車沿線ハイキング”情緒ある川原町の街並みとぎふ梅まつり”に参加しました。暖かくて絶好のウォーキング日和でしたよ。今日は、Qちゃんに贈る この曲を聞きながらウォーキングしましょ。今日の写真は、逆光が多いです。
金山駅8:51発の快速急行に乗り、今日の出発駅である名古屋本線岐阜駅には9:29に到着しました。岐阜駅は、櫛形2面4線のホームで1〜4番線笠松 名鉄一宮 名鉄名古屋 豊橋方面(8両編成停車対応)、各務原線は櫛形1面2線のホームで5・6番線 三柿野 新鵜沼方面(6両編成停車対応)からなります。
改札を出るとそこは2階なので、階段を下りて、1階でウォーキングマップを受け取ります。駅前の地下道を通り、道路の反対側に渡ります。
<名鉄岐阜駅です>玉宮町商店街を北上、駅から約1kmの金(こがね)神社に到着です。境内では、毎月9日恒例の骨董市が開催されていました。金運上昇をお願いして、先を急ぎます。
<金神社です>裁判所を通り過ぎ、駅から約2km、美江寺観音に到着です。美江寺観音は、天台宗の寺で、かつては瑞穂市美江寺にありましたが、斎藤道三によって現在地に移したといわれています。3月第一日曜日には千数百年前から続く蚕祭りとも呼ばれる「美江寺まつり」が行われますが、残念ながら今日は第二日曜日です。本尊は、天平時代のものとされる乾漆十一面観音立像で、国の重要文化財に指定されています。
<美江寺観音です>さらに北上すると清流長良川にぶち当たります。長良川沿いを上流に向かって歩きます。金華橋南を過ぎ、さらに歩くと、通称”川原町”です。川原町というのは、湊町・玉井町・元浜町あたりのことを言います。
<川原町界隈です>”いらん道路ばっかり作らんと、道路特定財源を使って、電線地中化したらええのに。”と思いながら歩いて行くと、長良橋のたもとにある鵜飼観覧船事務所が見えてきました。長良橋通りを渡り、鵜飼観覧船造船所を見学した後、岐阜公園に入ります。
<鵜飼観覧船造船所です>日中友好庭園の横を過ぎ、ロープウェイ乗り場を過ぎ、南下していくと、山内一豊の妻千代を讃える石碑がありました。
<千代、一豊婚姻の地>さらに、公園内を歩いて行くと、今度は、板垣退助はんの銅像があります。そう、板垣退助は、明治15年(1882年)4月、岐阜で遊説中に暴漢・相原尚褧に襲われ負傷した(岐阜事件)んですね。その際、「板垣死すとも自由は死せず」と叫んだそうです。これは事件の直後、小室信介というジャーナリストが岐阜で行った演説の題名「板垣死すとも自由は死せず」が、板垣自身の発言として世間に広まったものであるとも。これには異説もあり、当時板垣の秘書であった内藤魯一という人物が事件現場で叫んだとも言われる。実際に負傷直後に板垣が言った言葉は「痛い。医者を呼んでくれ。」だったとも言われる。なお、このとき板垣を診察した医師はのちの政治家後藤新平であった。
小生、中学の歴史の時間に、「痛い。医者を呼んでくれ」と言ったと習いました。短刀で刺されて、「板垣死すとも自由は死せず」なんてこと言っている場合ではないと。ごもっともです。
<E che sospiri la liberta!>退助の銅像の隣には、信長居館跡(千畳敷御殿)があったんですが、みんな素通りしていくので、小生も中には入らず、先を急ぎます。
<織田信長居館跡>
箱物行政の賜物、役人の天下り先”岐阜市歴史博物館”には入らず、素通りします。岐阜公園を出て、正法寺に向かう途中、最近、急に、元気が出てきたあの出戻り娘のポスターが・・・・。
<過ちて改めざる、是を過ちという by 孔子>
大樹全国会議の圧力に屈し、郵政民営化に反対した聖子ちゃんですが、自分の誤りに気づき反省して、郵政民営化賛成に転向したんですから、暖かく見守ってあげてください。未だに、特定郵便局長の利権を守ることしか考えていない、城内実に比べれば、立派なもんじゃ。
さてさて、こんなこと考えていたら正法寺を通り過ぎてしまうところでした。正法寺では、100円を払って岐阜大仏を鑑賞します。やさしいお顔の大仏様でした。
<岐阜大仏です>
奈良、鎌倉の大仏と並び、日本3大仏の1つといわれ、正法寺の大仏殿に鎮座し、像高13.63m、顔の長さは3.6mです。聚楽園の大仏を入れて日本4大仏か?
天保3年(1832年)の完成で、木と竹と粘土で型を作ったものに経典が書かれた和紙を貼り、金箔で仕上げるという珍しい技法が用いられています。この技法では日本一の大きさを誇ります。胎内には木造の薬師如来像が安置されているそうです。
正法寺の次は、常在寺に立ち寄る予定だったんですが、気づかずに通り過ぎてしまいました。
善光寺の横を過ぎ、伊奈波(いなば)神社の参道の長い階段を上ります。
<岐阜の総産土神(そううぶすなかみ)です>
景行天皇の14年に創建されたといわれ、1900年以上の歴史を持つ古社です。壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したともいわれています。
お参りの後は、水道山(上加納山)に登ります。頂上近くの展望台からは、春霞がかかる岐阜市街や濃尾平野が展望できました。
<水道山からの眺望>
水道山から下りてくると、そこは、梅林公園でした。梅林公園では、第56回ぎふ梅まつりが開催されていました。
梅林公園には、紅梅約600本、白梅約700本が植えられており、その種類は50種類以上にのぼります。


<一重寒紅> <緑蕚>

<鹿児島紅> <青軸>
素人のような南京玉すだれの芸は、最後まで見ずに公園を後にし、各務原線田神駅へ向かいました。
<田神駅です>
田神駅には11:20に到着しました。11:29の岐阜行に乗り、岐阜駅で特急電車に乗り換えて、金山駅に戻りました。金山駅前のダイエーで弁当を買ってから、瑞穂陸上競技場へ向かったのでした。
大きな地図で見る 以上
<過ちて改めざる、是を過ちという by 孔子>大樹全国会議の圧力に屈し、郵政民営化に反対した聖子ちゃんですが、自分の誤りに気づき反省して、郵政民営化賛成に転向したんですから、暖かく見守ってあげてください。未だに、特定郵便局長の利権を守ることしか考えていない、城内実に比べれば、立派なもんじゃ。
さてさて、こんなこと考えていたら正法寺を通り過ぎてしまうところでした。正法寺では、100円を払って岐阜大仏を鑑賞します。やさしいお顔の大仏様でした。
<岐阜大仏です>奈良、鎌倉の大仏と並び、日本3大仏の1つといわれ、正法寺の大仏殿に鎮座し、像高13.63m、顔の長さは3.6mです。聚楽園の大仏を入れて日本4大仏か?
天保3年(1832年)の完成で、木と竹と粘土で型を作ったものに経典が書かれた和紙を貼り、金箔で仕上げるという珍しい技法が用いられています。この技法では日本一の大きさを誇ります。胎内には木造の薬師如来像が安置されているそうです。
正法寺の次は、常在寺に立ち寄る予定だったんですが、気づかずに通り過ぎてしまいました。

善光寺の横を過ぎ、伊奈波(いなば)神社の参道の長い階段を上ります。
<岐阜の総産土神(そううぶすなかみ)です>景行天皇の14年に創建されたといわれ、1900年以上の歴史を持つ古社です。壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したともいわれています。
お参りの後は、水道山(上加納山)に登ります。頂上近くの展望台からは、春霞がかかる岐阜市街や濃尾平野が展望できました。
<水道山からの眺望>水道山から下りてくると、そこは、梅林公園でした。梅林公園では、第56回ぎふ梅まつりが開催されていました。
梅林公園には、紅梅約600本、白梅約700本が植えられており、その種類は50種類以上にのぼります。


<一重寒紅> <緑蕚>


<鹿児島紅> <青軸>
素人のような南京玉すだれの芸は、最後まで見ずに公園を後にし、各務原線田神駅へ向かいました。
<田神駅です>田神駅には11:20に到着しました。11:29の岐阜行に乗り、岐阜駅で特急電車に乗り換えて、金山駅に戻りました。金山駅前のダイエーで弁当を買ってから、瑞穂陸上競技場へ向かったのでした。
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