春の東紀州 〜熊野街道と尾鷲イタダキ市〜 に行って参りました。
2008.04.05 Saturday | category:旅日記
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>今日の名古屋地区のさわやかウォーキングは、西小坂井駅”桜・菜の花 春を満喫 佐奈川堤散策 ”と大曽根浦駅”春の東紀州 〜熊野街道と尾鷲イタダキ市〜 ”の同時開催でした。佐奈川堤散策は来年もありそうなので、小生は後者に参加しました。
名古屋から大曽根浦までは、特急南紀でも2時間26分かかります。特別快速のさわやかウォーキング号だと3時間20分もかかります。立ちん棒はかなわないので、家を5時半ぐらいに出ましたが、さわやかウォーキング号が4両編成であったこともあり、全員、座席に座ることができました。
さわやかウォーキング号は、名古屋駅を定刻どおり6:49に発車し、紀勢本線大曽根浦駅には10:09頃到着しました。大曽根浦駅は、島式ホーム1面2線を有する地上駅で、駅舎は解体されてなく、ホームと上屋のみの無人駅です。尾鷲湾から近く、中部電力尾鷲三田火力発電所の煙突が遠くに見えます。
<大曽根浦駅とさわやかウォーキング号>ホームを降りて、線路を渡ってくると、伊勢エビ等が当たる抽選券とウォーキングマップを受け取ります。では、今日は、久々に日本の歌を聴きながらウォーキングしましょ。いい歌には国境がなく、海を渡るんですね。
紀勢本線に平行して走る道路を尾鷲方面に歩き出します。しだいに海が近くなり、やがて尾鷲湾が一望できます。ウォーキングマップには、掛け磯の夫婦岩が記載されているんですが、どこにあるのか分かりませんでした。小生、家に帰ってネットで調べるまで下の写真の弁財島が夫婦岩の片割れかと思っていました。
<左の島が弁財島らしい>弁財島の写真を撮った後、線路の下をくぐり、山側に向かうとすぐ、”ここから「村嶋不動滝」まで270m”と書いた標識があります。先を急ぎすぎると、JR東海による”さわやかウォーキング号でなく、特急南紀に乗せちゃえ大作戦”に嵌められてしまうことはミエミエだったので、横道にそれて村嶋不動滝を見に行くことにしました。ウォーキングコースをはずれて歩き始めるとすぐに小川があります。左にこの川を見ながら奥へ進んでいくと、村嶋不動尊と村嶋不動滝がありました。来歴は分かりません。

<村嶋不動尊と村嶋不動滝です>
お参りした後は、来た道を戻ります。5分もしないうちに、巨大な三重県立熊野古道センターに到着です。土建・箱物行政の象徴的建物です。きっと、三重県民は、維持管理のため、即ち、天下り役人を養うために莫大な税金を払い続けることになるでしょう。
<土建・箱物行政の賜物>
向井みかん園を過ぎ、遠くに尾鷲湾を見ながらの歩きが続きます。やがて、みごとな桜並木が見てきました。
<右に東邦石油のタンク、左に桜並木>
桜並木の途中に、八鬼山(やきやま)登り口の道標があります。本当は、そっちに行きたいんですが、またの機会があることを信じ、今日は、尾鷲市街に向かいます。
<左に行くと八鬼山越えです>
東邦石油の巨大なタンクと別れを告げ、矢ノ川を越えると、矢浜宝篋(ほうきょう)印塔があります。ここの宝篋印塔はこの地方では珍しく関東方式の室町期のものです。ボランティアの方による解説では、南朝のある皇子のお墓だそうです。宝篋印塔からすぐのところから、やのはま道といわれる道になります。ボランティアの方々の案内に従って、家々の間の狭い迷路のような道を進みます。


<矢浜宝篋印塔です> <やのはま道です>
途中、矢の浜公園では、おしるこを無料でいただきました。ありがとう。また、ある民家の玄関では、おばあさん?おばさん?が自分の庭先で見つけた矢じりなどの縄文時代の遺物を拝見させていただきました。
やのはや道を抜けると、町の人々が「おこしんさん」と呼ぶ庚申祠、石経碑や道標がありますが、謂れはよく分かりません。まあ、矢の浜の玄関口だってことのようです。
<矢浜の石経碑・道標です>
紀勢本線を横切り、尾鷲港を目指します。約1.4km歩いて、尾鷲港に到着です。尾鷲港には昨年6月2日のさわやかウォーキングできました。あの時もいい天気でした。今日もウォーキングには最高の天気です。
<尾鷲港です>
尾鷲魚市場では、尾鷲イタダキ市が開催されていました。そうそうここで当選番号の発表をやっていました。残念ながら今日は伊勢エビは当たりませんでした。昨年の11月23日には伊勢エビが当たって、インスタントコーヒーに化けたんだよ。読んでない人は記事を見てね。
<カンパチ4000円、安い!!>
イタダキ市を後にし、少し遠回りをして、だけど尾鷲神社には寄らずに、中井町通りを抜け、尾鷲駅に向かいました。
<尾鷲駅です>
正面に尾鷲駅が見えるんですが、ゴールする前に、ディスカウントストアのプライスカットに寄りました。弁当と飲み物を買った後、尾鷲駅には、12:40頃にゴールしました。
名古屋行きの列車を確認すると、13:51発の特急南紀6号か、さらに暇をつぶして14:47発の特別快速さわやかウォーキング号にするかのどちらかです。
さっき買った弁当を尾鷲駅の前で食べながら思案した結果、尾鷲市内を散策しながら、馬越峠越えの帰りに寄ったことがある尾鷲神社に向かいました。前回は、写真をアップしていなかったので、今回は掲載しておきますよ。
<尾鷲神社です>
熊野古道センターの醜悪な概観に比べ、尾鷲神社は本当に美しいです。創基は大宝年間(701〜703)と伝えられ、牛頭親王(素盞鳴尊)を祭り、大宝天王といって尊崇されています。
<三重県天然記念物です>
境内には樹齢約一千年以上と推定される大楠があります。お参りした後、境内にあるベンチに寝っころがりながら、八木荘司著”遥かなる大和”上巻を読んで時間をつぶしました。
帰りは、特別快速さわやかウォーキング号で名古屋駅13番線ホームに定刻より1分少々遅れて到着しました。
大きな地図で見る
以上
<右に東邦石油のタンク、左に桜並木>桜並木の途中に、八鬼山(やきやま)登り口の道標があります。本当は、そっちに行きたいんですが、またの機会があることを信じ、今日は、尾鷲市街に向かいます。
<左に行くと八鬼山越えです>東邦石油の巨大なタンクと別れを告げ、矢ノ川を越えると、矢浜宝篋(ほうきょう)印塔があります。ここの宝篋印塔はこの地方では珍しく関東方式の室町期のものです。ボランティアの方による解説では、南朝のある皇子のお墓だそうです。宝篋印塔からすぐのところから、やのはま道といわれる道になります。ボランティアの方々の案内に従って、家々の間の狭い迷路のような道を進みます。


<矢浜宝篋印塔です> <やのはま道です>
途中、矢の浜公園では、おしるこを無料でいただきました。ありがとう。また、ある民家の玄関では、おばあさん?おばさん?が自分の庭先で見つけた矢じりなどの縄文時代の遺物を拝見させていただきました。
やのはや道を抜けると、町の人々が「おこしんさん」と呼ぶ庚申祠、石経碑や道標がありますが、謂れはよく分かりません。まあ、矢の浜の玄関口だってことのようです。
<矢浜の石経碑・道標です>紀勢本線を横切り、尾鷲港を目指します。約1.4km歩いて、尾鷲港に到着です。尾鷲港には昨年6月2日のさわやかウォーキングできました。あの時もいい天気でした。今日もウォーキングには最高の天気です。
<尾鷲港です>尾鷲魚市場では、尾鷲イタダキ市が開催されていました。そうそうここで当選番号の発表をやっていました。残念ながら今日は伊勢エビは当たりませんでした。昨年の11月23日には伊勢エビが当たって、インスタントコーヒーに化けたんだよ。読んでない人は記事を見てね。
<カンパチ4000円、安い!!>イタダキ市を後にし、少し遠回りをして、だけど尾鷲神社には寄らずに、中井町通りを抜け、尾鷲駅に向かいました。
<尾鷲駅です>正面に尾鷲駅が見えるんですが、ゴールする前に、ディスカウントストアのプライスカットに寄りました。弁当と飲み物を買った後、尾鷲駅には、12:40頃にゴールしました。
名古屋行きの列車を確認すると、13:51発の特急南紀6号か、さらに暇をつぶして14:47発の特別快速さわやかウォーキング号にするかのどちらかです。
さっき買った弁当を尾鷲駅の前で食べながら思案した結果、尾鷲市内を散策しながら、馬越峠越えの帰りに寄ったことがある尾鷲神社に向かいました。前回は、写真をアップしていなかったので、今回は掲載しておきますよ。
<尾鷲神社です>熊野古道センターの醜悪な概観に比べ、尾鷲神社は本当に美しいです。創基は大宝年間(701〜703)と伝えられ、牛頭親王(素盞鳴尊)を祭り、大宝天王といって尊崇されています。
<三重県天然記念物です>境内には樹齢約一千年以上と推定される大楠があります。お参りした後、境内にあるベンチに寝っころがりながら、八木荘司著”遥かなる大和”上巻を読んで時間をつぶしました。
帰りは、特別快速さわやかウォーキング号で名古屋駅13番線ホームに定刻より1分少々遅れて到着しました。
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以上





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