幸田しだれ桜まつりと歴史の地を訪ねて参りました。さわやかウォーキング
2008.04.13 Sunday | category:旅日記
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>今週末の名古屋地区のさわやかウォーキングは、”洋食器の街 滝呂とたじみ陶器まつり”、”風薫る白川茶の里・清流飛騨川散策”、”幸田しだれ桜まつりと歴史の地を訪ねて”の3本です。名鉄の電車沿線ハイキングは土日ともにありません。なんで?なんで?
さわやかウォーキングの3本は、特に、どうしても見聞したい場所や施設がなかったので、どれにしようか迷ったのですが、日曜にウォーキングしたかったので、”幸田しだれ桜まつりと歴史の地を訪ねて”に参加することにしました。もう、桜は、葉桜だろうし、メジャーな寺社や観光地もないので、本来のウォーキングが目的になりそうです。
金山駅8:38発の新快速に乗り、東海道本線幸田駅には9:07頃臨時停車しました。幸田駅は、島式ホーム1面2線を持つ地上駅で、下り線側に1本、上り線側に2本留置線がります。駅舎は構内東側にあり、ホームとは跨線橋で連絡しています。駅名の読みは「こうだ」ですが、地名の読みは「こうた」です。これは地名の読みも「こうだ」だった時の名残で、幸田町は、1954年に旧豊坂村と合併した際に読みを「こうた」に改めました。
<幸田駅です>改札を出て、いつものようにウォーキングマップを受け取ります。今日は、筆柿ジャムのサンプルと説明書とレシピも渡されました。
小生にとって、”さくら”の定番曲とはこの曲かな?この曲でも聞きながら、葉桜になりかけのしだれ桜でも見ながらウォーキングしましょ。
東海道本線に沿って、東京方面に1kmほど歩くと”幸田しだれ桜まつり”の会場である幸田文化公園に到着です。第10回幸田しだれ桜まつりは4/1〜4/15の開催ですが、桜の見ごろは過ぎていました。園内には350本のしだれ桜を含め500本の桜木があります。
<しだれ桜です>しだれ桜を鑑賞しながら園内を通り抜けます。
公園を出て、新幹線の高架下を抜けて振り返ると、デンソー殿の幸田製作所が見えます。新幹線の中からよく見る光景です。この光景が見えるともうすぐ名古屋だっと分かります。デンソー殿の本社には行ったことがありますが、幸田製作所はまだありません。
<デンソー幸田製作所です>
しばらく行くと、幹線道路を外れたので、本を読みながらウォーキングしました。しばらく、田園の中を歩いていると、遠方に威容を誇る建造物が目に飛び込んできました。そうです。あれが、幸田町のポタラ宮こと(小生が命名しました)”ハッピネス・ヒル幸田”の建物です。図書館・会館・プールなどからなる複合施設で指定管理者が幸田町文化振興協会です。そう、みなさんもうお分かりですね。土建・箱物行政の賜物であり、役人の天下り先が独占的に管理を請け負い税金を食い潰している施設ですね。まあ、幸田町には、デンソーやソニーをはじめ大企業の工場が多く立地しているので、夕張のように財政再建団体に認定されることはないと思いますが、天下り役人が沢山甘い汁を吸っていることでしょう。
<幸田のポタラ宮です>
ポタラ宮を過ぎて1kmほどで、JA幸田憩いの農園に到着します。園芸用品や野菜・果物をはじめとする食品を販売しています。近くのスーパーの日曜朝市の代わりに、ここで食品を調達しようと思い入店したんですが、”タチヤ”よりずっと高いですうう。何も買わずに、次に、進みます。農家直売なら安いんでしょうけど、農協という巨大官僚組織が間に入って中間マージンを抜くもんだから、バカ高くなるんでしょうね。きっと。
<高いけど結構混雑していました>
JAから約2.3km離れたところに、幸田町唯一の前方後円墳である青塚古墳があります。青塚古墳は、この地の有力者の墓として6世紀初頭に築造されたと推定されています。青雲の大和の時代の1世紀ぐらい前ですかね。発見されたのは、明治43年で、石室内は朱塗りされており、出土品には、人骨のほか、金銅製帯金具などの装飾品、太刀などあったそうです。
<青塚古墳です>
古墳から300m離れたところに、大久保彦左衛門の陣屋跡があります。大久保氏は、三河譜代の中でも岩津譜代と呼ばれる最も由緒ある家柄で、父祖代々、一族を挙げて徳川氏に仕え、徳川幕府成立のために忠勤を励みました。
<大久保陣屋跡です>
大久保彦左衛門の陣屋跡には、八百富社が建っており、大久保陣屋の面影は、境内の南境にある石垣を残すのみとなっています。
<八百富社です>
いくつかのあまり著名でない寺をいくつか回った後、駅近くの幸田中央公園に向かいます。途中、セブンイレブン幸田高力店で、ロースカツ重(395円)を購入し、幸田中央公園の芝生の上で昼食をとりました。
<幸田中央公園です>
駅まではもう1kmもなく、12:23に到着しました。ゴールで受け取る飲み物は、既に品切れでした。
昨日、図書館で借りた本を読みながら、ウォーキングしたので、帰りの列車の中で読了できました。それにしても、役人どもはそこらじゅうに箱物を建てまくっているなあと呆れ返りながら、幸田駅12:36発の普通列車で岡崎に向かいました。
大きな地図で見る
以上
<デンソー幸田製作所です>しばらく行くと、幹線道路を外れたので、本を読みながらウォーキングしました。しばらく、田園の中を歩いていると、遠方に威容を誇る建造物が目に飛び込んできました。そうです。あれが、幸田町のポタラ宮こと(小生が命名しました)”ハッピネス・ヒル幸田”の建物です。図書館・会館・プールなどからなる複合施設で指定管理者が幸田町文化振興協会です。そう、みなさんもうお分かりですね。土建・箱物行政の賜物であり、役人の天下り先が独占的に管理を請け負い税金を食い潰している施設ですね。まあ、幸田町には、デンソーやソニーをはじめ大企業の工場が多く立地しているので、夕張のように財政再建団体に認定されることはないと思いますが、天下り役人が沢山甘い汁を吸っていることでしょう。
<幸田のポタラ宮です>ポタラ宮を過ぎて1kmほどで、JA幸田憩いの農園に到着します。園芸用品や野菜・果物をはじめとする食品を販売しています。近くのスーパーの日曜朝市の代わりに、ここで食品を調達しようと思い入店したんですが、”タチヤ”よりずっと高いですうう。何も買わずに、次に、進みます。農家直売なら安いんでしょうけど、農協という巨大官僚組織が間に入って中間マージンを抜くもんだから、バカ高くなるんでしょうね。きっと。
<高いけど結構混雑していました>JAから約2.3km離れたところに、幸田町唯一の前方後円墳である青塚古墳があります。青塚古墳は、この地の有力者の墓として6世紀初頭に築造されたと推定されています。青雲の大和の時代の1世紀ぐらい前ですかね。発見されたのは、明治43年で、石室内は朱塗りされており、出土品には、人骨のほか、金銅製帯金具などの装飾品、太刀などあったそうです。
<青塚古墳です>古墳から300m離れたところに、大久保彦左衛門の陣屋跡があります。大久保氏は、三河譜代の中でも岩津譜代と呼ばれる最も由緒ある家柄で、父祖代々、一族を挙げて徳川氏に仕え、徳川幕府成立のために忠勤を励みました。
<大久保陣屋跡です>大久保彦左衛門の陣屋跡には、八百富社が建っており、大久保陣屋の面影は、境内の南境にある石垣を残すのみとなっています。
<八百富社です>いくつかのあまり著名でない寺をいくつか回った後、駅近くの幸田中央公園に向かいます。途中、セブンイレブン幸田高力店で、ロースカツ重(395円)を購入し、幸田中央公園の芝生の上で昼食をとりました。
<幸田中央公園です>駅まではもう1kmもなく、12:23に到着しました。ゴールで受け取る飲み物は、既に品切れでした。
昨日、図書館で借りた本を読みながら、ウォーキングしたので、帰りの列車の中で読了できました。それにしても、役人どもはそこらじゅうに箱物を建てまくっているなあと呆れ返りながら、幸田駅12:36発の普通列車で岡崎に向かいました。
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