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徳川家康の生母 於大の方をたずねて緒川をウォーキングして参りました。さわやかウォーキング
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
 明日のさわやかウォーキングは、高山本線飛騨古川駅の ”古川祭と白壁土蔵をたずねて” なんですが、鈍行列車で行くにはちょっと遠いので、今日、武豊線緒川駅の”徳川家康の生母 於大をたずねてウォーキング ”に参加して参りました。
 今日の出発駅である武豊線緒川駅には、武豊行き区間快速で9:48に到着しました。緒川駅は、相対式ホーム2面2線を有する高架駅であり、東海交通事業が業務を行う業務委託駅です。高架下の駅舎内部にみどりの窓口があり、駅の出入口は西口と東口の2か所あります。改札を出て、西口を出るとウォーキングマップと併せて、”緒川・森岡歴史散歩道”というマップも受け取ります。駅前では、太鼓の演奏で歓迎していただきました。
 緒川駅のある東浦町は、徳川家康の母である於大の方の出生地で、今日は、於大まつりの日です。於大の方の波乱万丈の生涯をたどりながら、もちろん、音楽を聴き、英語の勉強もしながらウォーキングしましょ。
<緒川駅西口です>
 緒川駅から西へ約500mほど歩くと、善導寺に到着します。善導寺は、1443年創建と伝えられる浄土宗の寺です。於大の方は、生前、生まれ故郷の善導寺に度々参詣し、この寺を自らの菩提所に定めたといわれています。善導寺には、於大の方が寄進した三尊来迎仏・善導大師画像・柄香炉などが所蔵されています。
<善導寺です>
 善導寺から約700m、南に歩くと、住宅街の中に緒川城址があります。於大の方は、1528年、緒川城主水野忠政と於富の方の間に緒川城で生まれました。緒川城址では、ボランティアと思われるおじさんが、於大の方の生涯をおもしろおかしく説明してくれました。
<緒川城址です>
 「於大の方は、家康が1600年の天下分け目の関ヶ原の戦いに勝利したのを見届けた後、1602年に75年の生涯を閉じました。」とのおじさんの説明を聞いた後、於大行列がある明徳寺川に向かいます。
<明徳寺川沿いです>
 於大の方は、14歳のとき今川方の岡崎城主松平広忠に政略のため嫁がされました。

<Open your eyes. Look up to the skies and see.>
 岡崎に嫁いだ於大の方は、戦国乱世に強い男子を授かるようにと、鳳来寺の峰の薬師へ祈願し、みごと懐妊しました。1542年(天文11)寅年・寅の日・寅の刻、竹千代、後の徳川家康は誕生しました。於大の方、15歳のときでした。
 於大の方の父忠政が亡くなると、兄信元は、織田と同盟を結んだため、於大の方は17歳のとき離縁されてしまい、実家水野家の三河国刈谷城(刈谷市)に返されました。
 3年後、於大の方は、信元の意向で知多郡阿古居城(阿久比町)の城主・久松俊勝に再嫁します。松平氏への対抗上、信元は久松氏と関係を強化したかったわけですね。俊勝との間には三男三女をもうけました。
 1560年(永禄3)、今川義元の先発隊として尾張へ出陣した家康は、途中、久松俊勝の館に於大の方を訪ね、3歳で生き別れて以来の再会を果しました。於大の方、33歳のときでした。
<於大行列です>
 明徳寺川沿いで、於大行列が来るまで弁当を食べて待ちました。於大姫が通り過ぎた後、すぐ近くの宇宙山(うちゅうざん)乾坤院に向かいます。乾坤とは八卦で言う所の西北と南西の方位を表わし、緒川城から見て西方(乾と坤の間)に造られた事からその名が付けられたそうです。また、乾坤が「天と地」をも意味することから、山号を「宇宙山」とされました。
<乾坤院山門です>
 乾坤院では、水野家四代の墓所にお参りした後、約4kmはなれたあの施設に向かいます。のどかな田園の中をひたすら歩きます。やがて、田園風景にそぐわない醜悪な建物が目に飛び込んできます。
 今日は、建物内部を通るようにコースが設定されています。東玄関から入ると、4階まで吹き抜けの巨大なアトリウムが現れます。そこを通り抜け、西玄関から出ます。この建物こそ、大府のクレムリン宮こと(小生が命名しました)、”あいち健康プラザ”です。あいち健康プラザは、健康開発館、健康科学館、健康情報館、健康宿泊館の4つのどうでもいい施設を一体化した複合施設で、管理、運営は(財)愛知県健康づくり振興事業団が行っております。
 そう、みなさんもうお分かりですね。あいち健康プラザこそは、土建・箱物行政の賜物であり、役人の天下り先が独占的に管理を請け負い、税金を食い潰している施設です。そして、愛知県民は、神田県政の圧制の下、重税に苦しんでいる一方で、愛知県庁では役人が裏金作りに毎日、精を出しております。
<大府のクレムリン宮です>
 げんきの郷に寄った後、今、来た道を戻り、クレムリン宮の東玄関を出て、次は、彼岸山極楽寺に向かいます。
 極楽寺は、知多四国第七番札所で、阿弥陀如来をご本尊とする曹洞宗の寺です。境内には、弘法大師尊像があります。
<弘法大師尊像です>
 お参りし、東浦町天然記念物に指定されているクスの巨木を見た後、入海(いりみ)神社に向かいます。
 突然ですが、日本武尊が東征に向かう途中、浦賀水道で突然の嵐に遭い船を進めることができなくなりました。そのとき、妃の弟橘媛(おとたちばなひめ)は海神を静めるために自ら海にその身を投げ、日本武尊を救いました。それから7日後、媛の御櫛が緒川の岸辺に漂着し、その御櫛を祀ったのが入海神社の起こりと伝えられているそうです。
<入海神社です>
 お参りの後、境内の中にある縄文時代早期の入海貝塚を見学して、緒川駅に向かいました。
 緒川駅東口には、13:32にゴールしました。
 あ、そうそう、於大の方ですが、夫の久松俊勝が亡くなった翌年、於大の方は、夫の眠る蒲郡の安楽寺で剃髪して尼になり、伝通院の号を授かりました。於大の方、61歳のときでした。
 1602年、於大の方は、天下を取った家康に招かれ京都を訪れ、この地で病に臥し、家康に看取られながら75歳の生涯を閉じました。緒川城主水野分長(於大の方の甥)は、善導寺に於大の方の位牌を納め、寺領を寄進したそうです。
 多くのボランティアの人々に感謝しつつ、家康は親孝行者だなあと思いながら、13:52発大府行き普通電車に乗り、大府駅で乗り換え、名古屋に戻って参りました。
大きな地図で見る   

                                                                                                      以上
| ウォーレンさわかみ | 21:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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