庄内緑地バラまつりと懐かしい昭和の資料館に行って参りました。さわやかウォーキングではありません
2008.05.17 Saturday | category:旅日記
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
今日のさわやかウォーキングは、中央本線上松駅の”◇森林セラピー基地◇赤沢自然休養林の森林浴”です。が、随分前になりますが赤沢自然休養林には、一度行ったことがあるので、名鉄の電車沿線ハイキング”庄内緑地バラまつりと懐かしい昭和の資料館コース”に参加しました。
名古屋鉄道犬山線の中小田井(なかおたい)駅には、岩倉行き普通電車で9:23に到着しました。中小田井駅は、愛知県名古屋市西区中小田井一丁目にあります。3層の高架駅で、相対式プラットホーム2面2線です。自動改札機が2台しかないため、たいへん混み合っていました。
今日は、選曲に迷いましたよ。ユーミンの”あの日に帰りたい”にしようかとも思いましたが、昭和の歌姫といえばこの方をおいて他にないでしょう。この歌を聴きながら、ウォーキングしましょ。
改札を出た後、階段を下り、ウォーキングマップを受け取り、庄内緑地へ向かいます。
<中小田井駅です>途中、星神社という珍しい名前の神社があったのでお参りしました。神社の道路1本隔てたところに庄内緑地はありました。
庄内緑地は、庄内川の小田井遊水地を利用した公園で、昭和43年12月の都市計画事業認可以来、「水と緑と太陽」をテーマに、野趣あふれる総合公園として整備されました。今日は、バラ園でバラまつりが開催されていました。
<バラ園です>バラが人類の歴史に登場するのは、古代バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』です。『バビロンの庭園』でも、イチジクやブドウとともにバラが栽培されたと言われています。
<キャラミアです>古代ギリシア・ローマ時代にはバラの香りが愛好され、香油も作られました。プトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラはバラを愛好し、ユリウス・カエサルを歓待したときもふんだんにバラの花や香油を使用しました。
<パスカリです>中世ヨーロッパではバラの美しさや芳香が「人々を惑わすもの」として教会によってタブーとされ、修道院で薬草として栽培されるにとどまりました。
<バラのフリージアです>イスラム世界では白バラはムハンマドを表し、赤バラが唯一神アッラーを表すとされました。香油などが生産され愛好されました。『アラビアンナイト』やウマル・ハイヤームの『ルバイヤート』にもバラについての記述があります。
<マリア・カラスです>十字軍以降中近東のバラがヨーロッパに紹介され、ルネサンスのころには、再び人々の愛好の対象になりました。イタリアのボッティチェッリの傑作「ヴィーナスの誕生」のおいてもバラが描かれ、美の象徴とされました。
<マリーナです>十分にバラを鑑賞した後、バラ園を後にします。
公園の入口の近くには、珍しい噴水がありました。
<大噴水です>
公園を出て、蛇池神社に向かう途中、ファミマとセブンがあったので、勿論、セブン・イレブンで公共料金の支払いをし、折詰め幕の内弁当495円を買いました。
庄内緑地から約2.8kmの蛇池神社に到着です。蛇池神社は、池のほとりにあります。
この池に大蛇がいるという噂を聞きつけた織田信長が、近隣の村人に池の水を汲み出させて見つけようとしたという言い伝えがあるそうです。
<蛇池神社です>
蛇池神社では、本多弥麗プロが今日のヴァーナルレディースで、平常心でプレーできるように祈念しました。
<釣り人です>
”きっと、信長がうつけと呼ばれた若い頃の言い伝えなんだろうなあ。”と思いつつ、高田(こうでん)寺に向かいました。
新川を越え、北名古屋市に入ると、高田寺はもうすぐです。
<高田寺本堂です>
入母屋造り・檜皮葺きのこのお寺は建築年代は不詳とされていますが、様式手法によりおそらく鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて建立されたものだと推定されています。
高田寺には、本堂をはじめ本堂附厨子、本堂附護摩札、木造薬師如来坐像(以上、国指定重要文化財)、木造大黒天立像、さらに高田寺に隣接した白山社本殿(以上、県指定文化財)など国や県の文化財に指定されたものがたくさんあります。
高田寺本堂の日陰で、さっき買った弁当を食べました。リュックサックの中に立てて入れていたので、ご飯やおかずが偏っていました。
次は、高田寺から1.6kmの北名古屋市歴史民俗資料館に向かいます。北名古屋市は、2006年3月20日、西春日井郡師勝町と西春町が合併し発足しました。
北名古屋市歴史民俗資料館は、元は師勝町歴史民俗資料館でした。通常、市町村が運営する歴史民俗資料館はその地にまつわる出土品や市町村の生い立ち関連の展示が行われることがほとんどですが、旧師勝町では、悲しいかな展示できるほどのものがなかったため、昭和時代の暮らしに重点を置いた展示を行いました。
でも、これが幸いし、地元では結構、有名で、観光客には人気です。
北名古屋市歴史民俗資料館に到着です。歴史民俗資料館は、北名古屋市東図書館の3階にありました。
<チロルチョコ、よく買ったなあ>
<夏は蚊帳の中で寝たなあ>

<ちゃぶ台がテーブルに代わったはいつの日だったか?>
”昔は、貧乏だったけど、幸せだったなあ”と懐かしく思い出しながら、西春駅に向かいました。
西春駅には、12:05頃到着しました。今日のラッキーカードは、はずれでした。
駅ビルにあるパレマルシェ西春店で買い物をした後、12:30発の準急で名古屋に向かいました。
大きな地図で見る
以上
<大噴水です>公園を出て、蛇池神社に向かう途中、ファミマとセブンがあったので、勿論、セブン・イレブンで公共料金の支払いをし、折詰め幕の内弁当495円を買いました。
庄内緑地から約2.8kmの蛇池神社に到着です。蛇池神社は、池のほとりにあります。
この池に大蛇がいるという噂を聞きつけた織田信長が、近隣の村人に池の水を汲み出させて見つけようとしたという言い伝えがあるそうです。
<蛇池神社です>蛇池神社では、本多弥麗プロが今日のヴァーナルレディースで、平常心でプレーできるように祈念しました。
<釣り人です>”きっと、信長がうつけと呼ばれた若い頃の言い伝えなんだろうなあ。”と思いつつ、高田(こうでん)寺に向かいました。
新川を越え、北名古屋市に入ると、高田寺はもうすぐです。
<高田寺本堂です>入母屋造り・檜皮葺きのこのお寺は建築年代は不詳とされていますが、様式手法によりおそらく鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて建立されたものだと推定されています。
高田寺には、本堂をはじめ本堂附厨子、本堂附護摩札、木造薬師如来坐像(以上、国指定重要文化財)、木造大黒天立像、さらに高田寺に隣接した白山社本殿(以上、県指定文化財)など国や県の文化財に指定されたものがたくさんあります。
高田寺本堂の日陰で、さっき買った弁当を食べました。リュックサックの中に立てて入れていたので、ご飯やおかずが偏っていました。
次は、高田寺から1.6kmの北名古屋市歴史民俗資料館に向かいます。北名古屋市は、2006年3月20日、西春日井郡師勝町と西春町が合併し発足しました。
北名古屋市歴史民俗資料館は、元は師勝町歴史民俗資料館でした。通常、市町村が運営する歴史民俗資料館はその地にまつわる出土品や市町村の生い立ち関連の展示が行われることがほとんどですが、旧師勝町では、悲しいかな展示できるほどのものがなかったため、昭和時代の暮らしに重点を置いた展示を行いました。
でも、これが幸いし、地元では結構、有名で、観光客には人気です。
北名古屋市歴史民俗資料館に到着です。歴史民俗資料館は、北名古屋市東図書館の3階にありました。
<チロルチョコ、よく買ったなあ>
<夏は蚊帳の中で寝たなあ>
<ちゃぶ台がテーブルに代わったはいつの日だったか?>
”昔は、貧乏だったけど、幸せだったなあ”と懐かしく思い出しながら、西春駅に向かいました。
西春駅には、12:05頃到着しました。今日のラッキーカードは、はずれでした。
駅ビルにあるパレマルシェ西春店で買い物をした後、12:30発の準急で名古屋に向かいました。
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