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さわやかウォーキングで、舞阪宿と花の香広がる浜名湖ガーデンパークを訪ねて参りました。
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
 今日のさわやかウォーキングは、高山本線下呂駅の”新緑の下呂温泉と旧飛騨街道散策 ”と中央本線金山駅の”都会(まち)の公園巡りと宮の渡しを訪ねて”です。天気予報では土日ともに降水確率が高く、ウォーキングに出かけるのは無理かなと金曜の夜まで思っていました。が、今日、朝早く起きたら、薄日が射しており、雨が降るのは午後からだろうと思い、さわやかウォーキングに出かけることにしました。
 下呂は列車の本数が少ないし、金山って、小生がさわやかウォーキングに出かけるために時々使う駅です。歩いてみれば、新しい発見はあるとは思うんだけど、遠くに行きたかったので、静岡地区開催で東海道本線舞阪駅の”舞阪宿と花の香広がる浜名湖ガーデンパークを訪ねて ”に参加しました。
 あの使い勝手の悪い豊橋往復きっぷ(土休日用)1500円を買って、金山駅07:21発の浜松行新快速に乗り、舞阪まで行きたいところでしたが、乗り越し精算ができない切符なので、8:13に着いた二川駅で一旦降り、改札を出て、舞阪行の切符を買い、再び改札に入ります。掛川行普通列車に8:28に乗り、舞阪駅には8:44に到着しました。
 舞阪町は、2005年7月1日に浜松市などと合併し、浜松市となりましたが、舞阪駅は、合併前から舞阪町にはなく、浜松市の中にありました。舞阪駅は、単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ橋上駅舎です。
 改札を出て、いつもより厚手のウォーキングマップを受け取り、南口から出ます。それでは、NAKAMURAのセルティックも3連覇したことだし、この人の歌を聴きながらウォーキングしましょ。
<舞阪駅北口です>
 駅を出て5分も歩かないうちに、旧東海道の松並木に出ます。江戸時代から続く松並木は全長700mにわたり大小388本の松が保存されています。
<旧東海道の松並木です>
 松並木を過ぎ、国道1号を横切って進むと、舞阪宿の東はずれに位置していた見付石垣がほんのちょっとだけ残っていました。さらに進むと、常夜灯と一里塚がありました。
<江戸日本橋より68里です>
 一里塚から600mのところに舞阪宿の脇本陣がありました。脇本陣は、本陣を補完する施設で、大きな藩で本陣だけで泊まりきれない場合や、宿場で藩同士が鉢合わせになった場合の格式の低いほうの藩の宿として利用されるなど、本陣に差し支えが生じた場合に利用されました。まあ、本陣の脇役ですね。中山道の太田宿にも残っています。
<舞阪宿脇本陣です>
 脇本陣は、通常、旅籠屋を経営していることから、宿内では一番格上の旅籠屋で、舞阪宿の脇本陣は、旅籠屋の「茗荷屋」が務めていました。
 脇本陣を過ぎると、いよいよ、海、ではなくて、浜名湖が見えてきます。
 小生、浜名湖の中に見える鳥居は、弁天神社の鳥居だと思っていたんですが、帰ってからネットで調べてみたら、浜名湖観光タワー”というらしく、弁天神社とは全く関係ないとのことですうううびっくり
<浜名湖観光タワーです>
 宝永6年(西暦1709年)今切渡海安全のため建てられた弁天神社にはこの天女「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」を奉った神社として言い伝えられています。創建の二年前に起きた宝永地震により今切渡船は大きな被害を受け、復旧工事を請け負った江戸の松葉屋喜兵衛は工事が完了すると今切渡船の安全を祈願するため、渡海守として霊験あらたかな武蔵国川越在(埼玉県川越市)の弁天財を勧請しました。これにより島は「西之島」から「弁天島」と呼ばれるようになりました。
<弁天神社です>
 弁天神社では、本多弥麗プロが”東芝 電子デバイスレディースカップ”でいっぱいバーディーパットを決めることができますようお祈りしました。
 弁天神社を過ぎると、いくつもの橋を渡って、浜名湖ガーデンパークに向かいます。
<浜名湖大橋と浜名湖ロイヤルホテル>
 弁天神社から約4km、やっと浜名湖ガーデンパークに着きました。この公園、車で来ることを前提に作られていて、ウォーカーにはとても不便です。浜名湖大橋に近いところに歩行者用ゲートを設けるべきです。民間の施設なら客が入らず、とうの昔に倒産していることでしょう。
<布橋南花クラブの歌壇です>
 浜名湖ガーデンパークは、2004年4月8日から10月11日までは浜名湖花博の会場として使用されました。その後、一旦閉鎖、再整備した後、2005年6月5日より現在の形でオープンしました。
<クレマチスと展望塔です>
 広い園内を徒歩で歩き回るのはちょっときついです。というのも、ここに来るまでに相当、歩いているので。
<遊覧船です>
 帰りは、歩行者ゲートを通らず近道しました(地図を参照してください)。浜名湖大橋、雄路大橋と渡り、中村家住宅に向かいます。
<潮干狩りです>
 中村家の初代中村正範は源範頼の末裔の武士で大和国広瀬郡中村郷に住んでいました。文明13年(1481)には、14代正實が今川氏に招かれ、遠江国磐田郡大橋郷に領地を賜り、その後、敷知郡和田、平松、宇布見、山崎、大白須の五か荘が与えられ、文明15年(1483)に宇布見に屋敷を構えました。16世紀の今川氏の時代には、同氏の家臣で代官を勤め、浜名湖の軍船を支配しています。
 永禄11年(1568)に徳川家康が遠江に入国した時、18代正吉は船を出して迎えるなどの御用を果たし、徳川氏に仕え今切軍船兵糧奉行や代官を勤めました。こうした関係から天正2年(1574)2月8日に徳川家康の側室お万の方が家康の第二子である於義丸(後の結城秀康)を当屋敷で出産し、その時の胞衣(後産)を埋めた胞衣塚が現存しています。
<中村家の主屋です>
 国の重要文化財である中村家住宅から舞阪駅に向かう途中、最近、テレビで見ることが少なくなった片山さつき議員が微笑んでいました。
<遠州力はプロレスラーではありません>
 さつき議員には、城内みのる氏のように、特定郵便局会やそのOBの集まりである大樹の番犬にならないで、日本の改革源になってもらいたいものです。
 舞阪駅の直前から雨がぱらついてきましたが、ほとんど濡れることなく、12:28にゴールしました。
 帰りは、豊橋行普通列車で豊橋まで行き、一旦、改札を出、すぐまた入り直し、13:07発大垣行快速列車で本降りの雨の中、名古屋に向かいました。
大きな地図で見る
以上
| ウォーレンさわかみ | 22:48 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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岐阜県益田郡下呂町にある下呂温泉。有馬温泉・草津温泉と並んで日本三名泉と呼ばれる下呂温泉は温泉旅行地として昔から人気があります。今では当たり前となった湯めぐり手形や足湯を全国的に広げたのも下呂温泉と言われています。温泉を楽しんでもらいたいという気持ち
温泉旅行 | at: 2008/10/30 8:21 PM

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