九華公園の菖蒲まつりを訪ねて桑名を散策して参りました。さわやかウォーキングではありません
2008.06.01 Sunday | category:旅日記
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
昨日も書きましたが名鉄の電車沿線ハイキングは今日はありません。今日のさわやかウォーキングは、中央本線千種駅の”恋愛ウォーキング・恋の三社めぐり”です。が、小生は、 近鉄ハイキングの”九華公園の菖蒲まつりを訪ねて”に参加しました。小生の記憶が正しければ、近鉄のハイキングは、”新春初詣ハイキング 伊勢神宮 初参り”以来、今年2度目です。
近鉄名古屋駅9:01発の急行列車に乗り、桑名駅には9:22に到着しました。桑名駅は、三重県桑名市東方にある、東海旅客鉄道(JR東海)・近畿日本鉄道・養老鉄道の駅です。JR東海は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを、近鉄・養老鉄道は島式ホーム2面4線を使用する地上駅です。
もっと立派な駅ビルに立て替えたらええのにと思いながら、西口の自動改札を抜け、ウォーキングマップを受け取ります。
うむむ、今日は、川と海に因んだ歌でも聴きながらウォーキングしましょ。まずは、駅から約1kmの海蔵寺に向かいます。
<桑名駅西口です>法性山海蔵寺は、天正2年(1574)ごろに創建され、ご本尊は「十一面観世音菩薩」で、宗派は曹洞宗(禅宗)に属し、本山は福井の永平寺・横浜の総持寺です。
1753年(宝暦3年)12月28日、第九代将軍徳川家重は薩摩藩主島津重年に揖斐・長良・木曽三川の大治水工事を命ぜられました。幕府としては「目の上のたんこぶ」的な存在の島津藩の財政疲弊をねらって、縁もゆかりもない、三百里も隔てた島津藩に「お手伝い普請」(幕府が設計・監督をして、費用と人夫は命ぜられた大名が出す)を命じました。
<海蔵寺です>宝暦5年工事は完成しましたが、多くの犠牲者と巨額の経費がかさんだことの責任感から、工事総奉行平田靭負は自刃しました。これら義士の墓所は、岐阜・三重県下14ヶ寺に埋葬され、海蔵寺には平田靭負他21基の墓石が現存し、市指定史跡となっています。
<薩摩義士の墓所です>薩摩義士の墓所にお参りした後、諸戸氏庭園に向かいます。
室町時代に織田家家臣の矢部氏の舘となり、庭園が設けられて「江の奥殿」と呼ばれました。時を経て江戸時代、貞享三年(1686年)に桑名藩の御用商人であった山田彦左衛門が隠居所として購入し、建物や回遊式庭園を整備しました。明治17年(1884年)、当時38歳であった諸戸家当主諸戸清六が購入し、その後、店を兼ねた本邸、御殿、洋館などが建築されて汐入り庭園も追加されました。
<諸戸氏の本邸、現在、受付です>入園料、大人500円、今回、割引で400円かあ。小生、庭園に特に興味があるわけではないので、本邸の裏手にある六華苑に向かいます。
六華苑は、二代目諸戸清六の邸宅として大正2年(1913年)に完成しました。苑内には、鹿鳴館を設計したイギリス人建築家ジョサイア・コンドル設計の4層の塔屋をもつ木造2階建て天然スレート葺きの洋館、和館、蔵、池泉回遊式庭園などがあります。和洋の様式が調和した明治・大正期を代表する貴重な文化遺産であり、国の重要文化財に指定されています。また、庭園は国の名勝に指定されています。
六華苑の入場料は300円、今回、特別割引で250円です。うむむ、何故、諸戸氏庭園も六華苑も諸戸家ゆかりのもので、同じ敷地にあるのに別々に入場料をとるのだろうと疑問に思いながら、結局、入場せず、先を急ぐことにしました。
六華苑の隣には、堤防道路が走っており、そこに登ると揖斐川とあの長良川河口堰が見えました。治水・利水には、たいして役立っていない長良川河口堰を遠望した後は、河口方向に向かいます。
<手前が揖斐川です>
桑名は古くから伊勢湾、木曽三川を利用した広域的な舟運の拠点港として「十楽の津」と呼ばれ、木材や米の集散する自由活発な商業都市として発達しました。住吉浦は、廻船の舟溜りで、全国から多数の廻船業者が集まりました。この人たちによって、航海の安全を祈り、住吉神社(財政破綻寸前の現大阪府)から勧請して住吉神社が建立されました。
<住吉神社です>
住吉神社では、橋下大阪府知事が、責任感ゼロの府議会議員や市町村長や自治労の理不尽な反対に屈せず、なんとか府の財政を健全化を達成できるようにお祈りしました。参拝後、すぐ隣の七里の渡し跡に向かいます。
七里の渡しは、宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海上の渡しで、東海道で唯一の海上路です。
<七里の渡し跡です>
ここは伊勢国の東入口にあたるため、天明年間(1781〜1789)に、伊勢神宮の「一の鳥居」が建てられ、以来、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えています。
つぎは、春日神社に向かいます。途中、柿安本店がありました。ここは、船場吉兆のようなことはないだろうかと、ちょっと不安になりました。
<しゃぶしゃぶ 日本料理の店です>
柿安本店を過ぎると、春日神社はすぐそこです。桑名神社と中臣神社の両社を合わせて桑名宗社といい、古来から桑名の総鎮守として崇敬されています。永仁4年(1296)に奈良から春日大明神を勧請して合祀したため、正式名称の桑名宗社より、「春日神社」、「春日さん」の通称がより多く用いられ、親しまれています。
<春日さんです>
春日神社では、本多弥麗プロがイーグルポイント レディースカップ(賞金総額2,000万円)で十分に実力を発揮することができますようにお祈りしました。
つぎは、いよいよ九華公園です。
九華公園は、桑名城の本丸跡と二の丸跡に造られた公園で、”扇城”と呼ばれ、海道の名城とたたえられた城の面影を残し、たくさんの桜やつつじ、花菖蒲が植えられ、市民の憩いの場として親しまれています。
<九華公園です>
今日は、花菖蒲まつり(6月1〜15日)の初日でした。
<ハナショウブです>
九華公園を後にし、ウォーキングコースから少し外れますが、桑名港(赤須賀港)に向かいます。
<桑名港と河口です>
桑名港近くの貝増赤須賀店では、蛤を売っていました。
蛤の中でも産卵前の大きなものを選び、しょうゆで煮しめて作るのが桑名名物の「しぐれ蛤」です。一方、焼き蛤は、汁分の旨みを逃がさず早く焼くために、貝の目(ちょうつがい)を切って、貝の口が開かないようにして焼きます。江戸時代には桑名から富田にかけての東海道沿いに、焼き蛤を食べさせる店が軒を連ね、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場します。
<その手は桑名の焼き蛤>
”その手は桑名の焼き蛤”、読者のみなさんも明日、学校や職場で使ってみてくださいね。バカ受け間違いなしです。
貝増を後にして、貝塚公園の前でラッキーカードを受け取りました。No.000651です。途中、セブン・イレブン桑名外堀店でむすび弁当(420円)を買い、十念寺にお参りした後、すぐ近くの伝馬公園で食べました。
食後のデザートがほしいですうう。駅に向かう途中、アイス饅頭で有名な寿恵広で、普通のアイスを買って食べました。この店もウォーキングマップに載っています。でも、アイス饅頭も寿恵広(すえひろ)も小生は初耳ですから。アイス饅頭が東海地方で流行しているとか、名物だなんて思わないでくださいね。
<寿恵広です>
多くのウォーカーが寿恵広で買ったアイス饅頭を食べながら駅に向かって歩いていました。益生駅には、11:32にゴールしました。ディズニーのリロ アンド スティッチのウォッシュタオルが当たりました。
今日の近鉄ハイキングのタイトルは”九華公園の菖蒲まつりを訪ねて”なんですが、初日ってこともあってか、菖蒲まつりは盛り上がっていなかったなあとの思いを抱きながら、益生駅11:32発の普通電車で名古屋に向かいました。
大きな地図で見る 以上
<手前が揖斐川です>桑名は古くから伊勢湾、木曽三川を利用した広域的な舟運の拠点港として「十楽の津」と呼ばれ、木材や米の集散する自由活発な商業都市として発達しました。住吉浦は、廻船の舟溜りで、全国から多数の廻船業者が集まりました。この人たちによって、航海の安全を祈り、住吉神社(財政破綻寸前の現大阪府)から勧請して住吉神社が建立されました。
<住吉神社です>住吉神社では、橋下大阪府知事が、責任感ゼロの府議会議員や市町村長や自治労の理不尽な反対に屈せず、なんとか府の財政を健全化を達成できるようにお祈りしました。参拝後、すぐ隣の七里の渡し跡に向かいます。
七里の渡しは、宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海上の渡しで、東海道で唯一の海上路です。
<七里の渡し跡です>ここは伊勢国の東入口にあたるため、天明年間(1781〜1789)に、伊勢神宮の「一の鳥居」が建てられ、以来、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えています。
つぎは、春日神社に向かいます。途中、柿安本店がありました。ここは、船場吉兆のようなことはないだろうかと、ちょっと不安になりました。
<しゃぶしゃぶ 日本料理の店です>柿安本店を過ぎると、春日神社はすぐそこです。桑名神社と中臣神社の両社を合わせて桑名宗社といい、古来から桑名の総鎮守として崇敬されています。永仁4年(1296)に奈良から春日大明神を勧請して合祀したため、正式名称の桑名宗社より、「春日神社」、「春日さん」の通称がより多く用いられ、親しまれています。
<春日さんです>春日神社では、本多弥麗プロがイーグルポイント レディースカップ(賞金総額2,000万円)で十分に実力を発揮することができますようにお祈りしました。
つぎは、いよいよ九華公園です。
九華公園は、桑名城の本丸跡と二の丸跡に造られた公園で、”扇城”と呼ばれ、海道の名城とたたえられた城の面影を残し、たくさんの桜やつつじ、花菖蒲が植えられ、市民の憩いの場として親しまれています。
<九華公園です>今日は、花菖蒲まつり(6月1〜15日)の初日でした。
<ハナショウブです>九華公園を後にし、ウォーキングコースから少し外れますが、桑名港(赤須賀港)に向かいます。
<桑名港と河口です>桑名港近くの貝増赤須賀店では、蛤を売っていました。
蛤の中でも産卵前の大きなものを選び、しょうゆで煮しめて作るのが桑名名物の「しぐれ蛤」です。一方、焼き蛤は、汁分の旨みを逃がさず早く焼くために、貝の目(ちょうつがい)を切って、貝の口が開かないようにして焼きます。江戸時代には桑名から富田にかけての東海道沿いに、焼き蛤を食べさせる店が軒を連ね、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場します。
<その手は桑名の焼き蛤>”その手は桑名の焼き蛤”、読者のみなさんも明日、学校や職場で使ってみてくださいね。バカ受け間違いなしです。
貝増を後にして、貝塚公園の前でラッキーカードを受け取りました。No.000651です。途中、セブン・イレブン桑名外堀店でむすび弁当(420円)を買い、十念寺にお参りした後、すぐ近くの伝馬公園で食べました。
食後のデザートがほしいですうう。駅に向かう途中、アイス饅頭で有名な寿恵広で、普通のアイスを買って食べました。この店もウォーキングマップに載っています。でも、アイス饅頭も寿恵広(すえひろ)も小生は初耳ですから。アイス饅頭が東海地方で流行しているとか、名物だなんて思わないでくださいね。
<寿恵広です>多くのウォーカーが寿恵広で買ったアイス饅頭を食べながら駅に向かって歩いていました。益生駅には、11:32にゴールしました。ディズニーのリロ アンド スティッチのウォッシュタオルが当たりました。
今日の近鉄ハイキングのタイトルは”九華公園の菖蒲まつりを訪ねて”なんですが、初日ってこともあってか、菖蒲まつりは盛り上がっていなかったなあとの思いを抱きながら、益生駅11:32発の普通電車で名古屋に向かいました。
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