冬のさわやかウォーキングで、真清田神社に参拝して参りました。

  • 2009.01.18 Sunday
  • 20:25
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
 今週末は、いろいろな寺社巡りのウォーキングがありましたが、いろいろ考えた結果、さわやかウォーキングの”尾張の国一宮 真清田神社で初詣”に参加しました。
 平安時代に国司がその国の神社を参拝して回るとき、最初に出かける神社を「一の宮」と読んでいました。尾張国の一の宮が真清田(ますみだ)神社、二の宮が元日に初詣した大県(おおあがた)神社、三の宮が熱田神宮です。
 今日は、午後の降水確率が高かったので、早めに家を出ました。名古屋駅で290円の乗車券を購入、8:09発の特別快速に乗り、ひと駅先の尾張一宮駅には、8:19に到着しました。
 尾張一宮駅は、島式ホーム2面4線を持つ高架駅です。内側の2・3番線が本線、外側の1・4番線が副本線となっています。この他、1番線外側にホームの無い副本線が1本あり、貨物列車の旅客列車待避や、臨時列車用車両の留置に使われます。 もとは新一宮駅(現在の名鉄一宮駅)との共同使用駅でしたが、高架化に際して改札を分離しました。国鉄時代は、普通列車の本数が少なかったこともあって旅客の多くが名鉄に流れていましたが、JR東海発足後、快速・新快速などといった速達列車の頻発運行を行ったことにより、現在では名古屋・岐阜方面に向かう客で賑うようになりました。名鉄とは競合関係にあるため、東海道本線の列車内では、当駅での乗り換え案内はほとんど行なわれていません。
 ホームから階段をおり、改札を出たところで、ウォーキングマップを受け取り、東口から駅を出ます。
<尾張一宮駅です>
 駅を出て、振り返って驚きました。JRの駅ビルがないですううう。太平洋戦争末期の空襲で焼失した後、民衆駅として建て替えられた駅ビルだったんですがもうないです。2007年に解体されたようです。ちょっと、寂しい気持ちになりました。昭和40年代の前半あたりまでは、毛織物産業が活況で、街にも活気があったんですけどね。
 今は世界中が不景気ですから、英国でもUB40のお世話にならなければならない失業者が益々増えることでしょう。そんなわけで、今日はこの人たちのこの曲を聴きながらウォーキングしましょ。
 駅から真清田神社までは、10分もかからないと思いますが、楽しみは最後に取っておこうということで、真清田神社の横の道を通りますが、参拝はしません。
<斎神社です>
 真清田神社から約600mのところにある斎神社の前を通り、野黒公園の中を抜け、県道18号を東に向かいます。野黒公園から1.5kmほど歩くと、大江川緑道の入口に着きます。大江川沿いには、約330本の桜が植えられ、並木道となっています。
<大江川は工事中です>
 緑道を南下し、県道171号を国道22号との交差点まで東に向かいます。その交差点の北東のかどに、赤見国玉神社があります。

              <赤見国玉神社と地震対策を施した?灯篭>
 この神社の祭神は、仁賢天皇の皇女・春日山田皇女、別名、山田赤見皇女と伝えられています。安閑天皇即位の年(534)、皇后となりました。参道脇には文化6年(1809)の銘が入った石灯籠があるんですが、ステンレスパイプとのコラボレーションはいただけません。
 この神社が、今日のウォーキングのほぼ中間点です。神社からすぐの赤見二丁目五番地の玉腰家にある大赤見城跡の石碑に向かいます。
<大赤見城跡です>
 大赤見城は、織田家の祖である織田勝久、その子久長の城と伝わっていますが、「尾張志」には、織田与七郎居住とあります。
 再び、国道22号を南下した後、県道155号を西に向かいます。
 途中、一宮市民防災センターに寄り、トイレを借りました。展示は最初から期待していなかったんですが、思ったとおり、見る価値のないものばかりで、かつ、”調整中”の貼紙が貼ってある機械が目に付きました。まあ、役人が天下り先として作った箱物ですから、なくても市民は困りません。
 市民防災センターを出た後は、0.5km先の花岡神社に向かいます。花岡神社の周辺は、和洋の遊里建築が並ぶ旧赤線エリアです。と、書いていますが、小生が知ったのは、ウォーキングから帰って、ネットで調べて分かったんですけどね。だから、遊里建築というのも気づきませんでした。今日は、単調な県道歩きが多かったので、本を読みながら歩いていたこともあり、まわりの景色を気に留めていませんでした。
 途中、濱神明社に寄った後、いよいよ真清田神社に向かいます。
<真清田神社の鳥居です>
 真清田神社の祭神については古くから諸説ありますが、現在は天火明命(あめのほあかりのみこと)とされています。天火明命は、神武天皇33年(紀元前628年)、この地を「尾張」と名づけて開拓をしたという天香山命の父神です。天香山命の子孫が尾張氏とされ、天火明命は尾張氏の祖神とされています。

<昭和36に再建された楼門>
 尾張氏の一部が尾張国中嶋郡に移住した時に、祖神である天火明命を祭ったのが起こりと考えられています。尾張氏はこの神社を中心に開拓を進め、後に一族の名が国名になり、日本武尊の妃としてミヤズヒメを出すなど栄えることとなりました。
拝殿です>
 拝殿では、本多弥麗プロを応援してくださるリコー販売様の益々の発展を祈念いたしました。
 大縣神社や田縣神社にも、変わった形状の石が祀られていましたが、ここにも、こんな石が神水舎の中にありました。
<霊水をいただけます>
 神社の境内の近くは、高校への通学のため自転車でよく通ったのですが、参拝した記憶はなく、今回が初めてだと思います。
 神社の前の、本町商店街を通り抜けて、駅に向かいます。
<本町商店街です>
 小生の小さい頃は、七夕祭りが盛大に行われていました。今も、行われていますが、今日、歩いてみると、シャッターの降りたままの店舗が目立ち、寂れているって感じです。名古屋まで、快速なら10分程度でいけますからね。地元で買い物しないんでしょうね。祭りや初詣以外のときに若者を集めるのは難しいと思うので、もっと、年寄りが集まるような催しをやったらいいと思うんですけどね。
 尾張一宮駅には、10:34頃到着し、10:43発の豊橋行き快速で名古屋に向かいました。

 
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