冬の電車沿線ハイキング ”77万本!菜の花萌ゆる早春の豊田探訪コース”に行って参りました。

  • 2009.02.08 Sunday
  • 18:47
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
 名鉄の冬の電車沿線ハイキングも、本日がゴール大会なので、昨日の国府宮神社のはだか祭はパスして、こちらに参加しました。
 先週のように名古屋市営地下鉄の鶴舞線塩釜口駅から乗車してもいいんですが、地下鉄代を浮かすために、名鉄豊田線の終着駅赤池駅から豊田市行きの普通電車に乗りました。7:44に赤池駅を発車した電車は、日進、米野木、黒笹、三好ヶ丘、浄水、上豊田と停まり、豊田線の起点梅坪駅には8:02に到着しました。
 梅坪駅は、愛知県豊田市梅坪にある名古屋鉄道の島式1面2線の高架駅です。駅北側で三河線と豊田線が分岐しています。 豊田線からの車輌に対応するため、6両編成が停車可能なホーム長があります。
<梅坪駅ホームです>
 梅坪駅は豊田線の起点ではありますが、豊田線の列車は全て三河線に直通し隣駅の豊田市駅を起終点としています。無人駅ですが、豊田線と三河線猿投方面との乗り換え客などの利用者が比較的多いためサンコスもあります。
<梅坪駅です>
 ホームを降り、北側1か所のみある改札口を出ます。改札口の外では、今日も、ウォーキングマップを配布していません。到着が早すぎたようです。8:15の出発開始まで、今日のコースの説明が緑色のウインドブレイカーを着たスタッフからありました。”今日のメインは、菜の花畑です。菜の花摘み取りOKのゾーンもあると書いてありますが、どこから摘んでいただいてかまいません。・・・・・・豊田スタジアムの菜の花展望台が無料開放されています。菜の花畑や遠くの山々が一望できますので、是非、見てください。・・・・・”との説明がありました。
 8:15からウォーキングマップの配布が始まり、ウォーカーは順次出発していきました。
 それでは、今日は、この曲を聴きながらウォーキングしましょ。kabu_ichigo_ichieさんの趣味に合うかチョッと心配ですうう
 まずは、駅から約1.5kmのところにある矢作川に架かる平成記念橋に向かいます。
 <平成記念橋から見た矢作川>
 ちなみに、日吉丸(木下藤吉郎)が蜂須賀小六と出合ったという矢作川の橋はもっと下流です。
<平成記念橋です>
 平成記念橋を渡った後は、約2.3km離れた加茂川公園に向かいます。加茂川公園に向かう途中、高橋東公園の中を通ります。
<高橋東公園の大クス>
 加茂川公園を3分の1周して、1.5km先の菜の花畑に向かいます。
 先週、ワールドビジネスサテライトで見たんですが、米国のアメ車ディーラーの中には、車を1台買ったら、もう1台付いてくるというキャンペーンをやっているそうです。この商法、日本では、この業界でやっていますよね。
<1着目を勉強せい!!>
 紳士服店を過ぎて、しばらく歩くと、遠方に豊田スタジアムが見えてきました。
もっと大きい画像で見る
 豊田スタジアムは、施設を豊田市が所有し、豊田市と愛知県内の主要企業の出資による第三セクター株式会社豊田スタジアムが運営管理を行っています。球技専用スタジアムのため、陸上競技用トラックはありません。
 菜の花展望台に登ろうと、スタジアムの下まで着ましたが、どこから入場するのか分からず、とうとう一周してもとに場所にもどってきました。
 菜の花展望台の直下の入口は閉まっており、入れません。結局、小生も他のウォーカーも展望台には登れませんでした。
<黄色の看板が菜の花展望台>
 Jリーグでは、ホームスタジアムとしているチームはありませんが、準ホームスタジアムとして名古屋グランパスエイトが使用しています。スタジアムの「10番ゲート」は名古屋グランパスエイトで活躍し、現在監督であるドラガン・ストイコビッチの功績を称え『ピクシー・ゲート』と名付けられています(ピクシーは、ストイコビッチの愛称で、10番は代表でもグランパスでも彼の不動の背番号でした)。現在も彼のガッツポーズをモチーフにした装飾と、「PIXY GATE」と書かれたゲート看板が残されています。
<メインゲート前のモニュメント>
 菜の花畑を上から展望できると思ったんですが残念です。なんか名鉄の”見ろ、見ろ詐欺”にあったようで、納得いかないまま、1.5km先の挙母(ころも)神社に向かいます。
<挙母神社境内です>
 今日は縁日なんですかね。円天市場ではないと思いますが。挙母神社の境内には、たくさんの露店とたくさんの爺さまと婆さまであふれかえっています。
<子守大明神です>
 挙母神社の創建については諸説ありますが、一般的には文治五年(1189年)源義経の家臣鈴木重善(善阿弥)が、奥州の義経のもとに向かう途中、この地で義経討死にを聞きここに留まり、その後大和吉野より「子守明神」を勧請して祀った、といい伝えられています。
子守天満宮前の牛です>
 江戸時代は「子守大明神」といわれ、歴代の挙母藩主が敬い、またこの地方の庶民崇敬の中心となっていました。
 明治四年、県社として現在の「挙母神社」と改められました。
<日本の出生率が上がりますように
 戦後、トヨタ自動車が発展するにつれ、九州や東北の農家の次男、三男など移り住む人が増え、若い人たちも増えました。
 これらの人たちが家をかまえ、愛児誕生ともなれば、初宮詣り、七五三詣りと、いつの世にも変わらぬ親心に参拝者が絶えません。
 ステップ・アップ・ツアーの開催も、結婚・出産もまだまだ先のことだと思うので、本多弥麗プロのことは今回は置いておいて、今日は、麻生内閣が早いこと崩壊し、新しい内閣が誕生し、霞ヶ関解体と公務員制度改革が達成されることを祈念しました。
 参拝後、挙母神社を後にし、700m先の豊田市駅のゴールに向かいました。
<ゴールです>
 ゴールには、10:02に到着しました。小生のラッキーナンバーは、はずれでした。
 豊田市駅では、3月1日から始まる春のハイキングのパンフレットを入手し、10:22発の上小田井行き普通電車で赤池に向かいました。
 車内にこんな吊り広告がありました。

<渡りを繰り返す厚労省の役人およびその家族は、死んだら地獄に落ちるだろう>
 私のしごと館(建設費581億円)のような役人の天下り先作りにムダ金を使わず、派遣切りにあった失業者の教育・訓練に使っていたら、多くの自殺者を救えただろう。
 虚しい気持ちで、帰路につきました。

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                                                      以上

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