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近鉄蟹江駅長お薦めハイキング・酒蔵みてある記”水郷と文学の里散策と甘強酒造「四天王」”に行って参りました。
JUGEMテーマ:日記・一般
<旅日記>
 名古屋地区主催の冬のさわやかウォーキング(新春ウォーク)も、名鉄の冬の電車沿線ハイキングも終わってしまいましたが、まだまだ、近鉄の駅長お薦めハイキングがありますよ。今日は、蟹江駅長お薦めの”水郷と文学の里散策と甘強酒造「四天王」”に参加しました。
 近鉄名古屋駅から9:32発の富吉行き準急電車に乗りました。名古屋駅を出た電車は、蟹江駅に停まり、次の終点富吉駅には9:45に到着したので、あまり本は読めませんでした。
<富吉駅南出入口です>
 富吉駅は、愛知県海部郡蟹江町蟹江新田字与太郎にある、近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線の駅で、島式2面4線のホームを持つ待避可能な地上駅で橋上駅舎を有しています。改札口は1ヶ所のみで、出入口は南北双方のUR賃貸住宅内にあります。今日は、南出口から出たところでウォーキングマップを受け取ります。なお、駅北側には富吉車庫が隣接しています。
 また、名古屋方面からの準急は、車庫への入出庫回送を兼ねて朝夕のラッシュ時の一部・昼間時間帯・深夜帯は当駅までの運転となっています。停車駅は近鉄蟹江のみの為、大変すいています。今日もすいていました。朝夕に名古屋〜富吉間の小駅利用者の為に普通電車がこの駅で折り返すようになっています。富吉以遠は四日市行きの準急を増発して乗客の住み分けをしています。
 近鉄の事情はほどほどにしておいて、今日はこの曲を聴きながらウォーキングしましょ。シャーリーンって、共和党支持者?それとも、民主党支持者?本を読みながら考えました。まあ、その本については、読書日記に後日書きます。

 まずは、小酒井不木の生家に向かいます。といっても、小酒井不木をご存知の方は少ないのではないでしょうか。小酒井不木は、愛知県海部郡新蟹江村(現・蟹江町)の地主小酒井半兵衛の長男として生まれました。蟹江高等小学校、愛知1中、旧制三高と卒業し、20歳(1910年)で、東京帝国大学医学部に入学、その後、大学院に進んで、生理学・血清学を専攻します。
 大正6年(1917年)東北帝国大学助教授拝命と同時に海外留学を命じられて渡米します。
<小酒井不木の生家前です>
 この時期にアメリカの探偵小説家エドガー・アラン・ポーやイギリスのコナン・ドイルの作品に接して探偵小説の世界へと傾倒していきました。
 留学中に持病の結核が悪化し帰国、欧州に再留学するも、喀血し、帰国し静養します。30歳のとき教授を拝命するのですが、32歳で辞職し、欧米の小説を翻訳したり、執筆活動を開始します。
 大正15年(1926年)に発表した「人工心臓」は、日本最初のSF小説といわれています。
<大海用橋から見た日光川です>
 しかし、不木は、生涯戦い続けた病がもとで、昭和4年(1929年)4月1日、39歳の若さでこの世を去りました。
 次は、吉川英治句碑に向かいます。
 日光川を越え、県道66号線を東に行くと、佐屋川に架かる夜寒橋です。夜寒橋からは、BISTRO CHEZ YAMAが佐屋川の畔に見えました。
<BISTRO CHEZ YAMAです>
 夜寒橋を渡り、しばらく、佐屋川沿いの文学散歩道を歩きます。今日は、風が強いのですが、生暖かいです。春一番なのかな?とも思いますが、北風なんですよね。
 吉川英治は、いわずと知れた国民的大作家でありますが、小生が吉川英治の小説を初めて読んだのは、大学4年の時と記憶しています。その前に司馬遼太郎の歴史小説を読んでいたので、吉川英治の”新・平家物語”や”私本太平記”を読んだ時は、”司馬遼太郎じゃん”と思いました。当然、そんなことはなくて、司馬遼太郎が吉川英治の影響を受けたんですけどね。
吉川英治の句碑です>
 なぜ、吉川英治の句碑が蟹江町にあるのか知りたい方はこちらをご覧ください。
 吉川英治は、佐屋川の風景を愛し、蟹江の町を”東海の潮来(いたこ)”と呼んで絶賛しました。
 次は、鹿島神社・文学苑に向かいます。
<蟹江川沿いです>
 蟹江川沿いを北上し、月見橋のところで左折し、しばらく行くと鹿島神社が遠方に見えてきます。
 吉川英治が蟹江を訪れた昭和17、18年頃は、大木、古木がそこかしこにあり、川原にはアシやマコモ、ガマやススキが群生し、水中にはタニシやドジョウ、ナマズなどが見られました。水辺ではカイツブリやヨシキリ、クイナ、またカワセミやセキレイといった野鳥が遊んでいました。大小河川に架かる橋のほとんどは木製で、家は草屋根が普通であり、人々は足踏み水車で苗代に灌漑し、二毛作が行われました。春には菜の花畑やレンゲ田が見渡す限り広がって、左義長や七夕、秋の村祭りなどの行事が盛んに行われていたと言いいます。
鹿島神社です>
 けれどもこうした風景は、戦後の急速な近代化や昭和34年(1959)の伊勢湾台風による大水害のために、みるみる失われてしまいました。このような折り、蟹江町出身で、ねんげ句会同人の黒川巳喜(建築家黒川紀章の父です)が、消えゆく風情を何とか後生に伝えたいという思いと、蟹江町に文化的遺産を残したいという思いから、私財を投じ、昭和43年(1968)から18年をかけて、著名な俳人やこの地方の文化人の詠んだ俳句を句碑にして鹿島神社の敷地内に建設したものが、鹿島神社文学苑です。
 この鹿島神社文学苑の句碑には、「ホトトギス」の四Sのような著名な俳人の名も見られ、その句は古き良き蟹江の風景を彷彿とさせます。現在、計26基の句碑があります。
<水原秋桜子です>
<長谷川双魚です>
 参道の両側の句碑を見ながら進むと、鹿島神社の拝殿があります。
 鹿島神社では、本多弥麗プロが、4月9、10日に開催される”レオパレス21 in Guam”で活躍されることを祈念しようと思ったんですが、まだ1ケ月以上も先なんで別のことをお願いしました。
<鹿島神社拝殿です>
 拝殿では、衆院解散、政界再編を祈念しました。
 次は、蟹江川沿いを北上し、途中、蟹江神明社に参拝し、蟹江城址に向かいました。
 今は、住宅地の中にある蟹江城址では、ボランティアの方が蟹江合戦の説明をしていました。 蟹江城は、永享年間(1429年〜1440年)に北条時任により築城されたと伝えられています。天正12年(1584)に豊臣軍と織田信雄・徳川家康連合軍による蟹江合戦の舞台となりました。

 織田・徳川連合軍方だった蟹江城主・佐久間正勝は、伊勢の萱生に砦を築くため留守役を前田与十朗長定に命じました。しかし長定は、かねて羽柴方の滝川一益に通じており、一益軍を蟹江城へ招き入れてしまいます(もらったパンフレットによると旧暦6月16日)。

 これを知った織田・徳川連合軍は大軍をもって蟹江城を包囲します。一益は対抗できず、長定の首をはねて降伏しました。
 蟹江城はこの時、織田・徳川連合軍により破壊されたとも、翌年の天正十三年(1585)に大地震で倒壊したとも伝わります。
 でも、Wikipediaの”小牧・長久手の戦い”の項には、”6月16日には、滝川一益が家康側の蟹江城を攻撃したが家康勢に蹴散らされ(蟹江城攻め)、一益は責任を取らされ出家させられた。”との記載があり、篭城していたのが家康側になっています。
 蟹江城址を見た後は、すぐ近くの産業文化会館内にある蟹江町歴史民俗資料館に向かいました。そこには、人だかりが出来ていました。蟹江合戦を再現するイベントのようです。
<戦国武将がいました>
 イベント会場は素通りして、甘強(かんきょう)酒造に向かいます。
 甘強酒造の創業は文久2年(1862年)で、株式会社設立は昭和10年(1935年)です。東海地区では「カンキョーみりん」で有名らしいですが、小生は今日まで、知りませんでした。
 いつものように試飲コーナーには、人だかりが出来ていましたが、小生は酒は飲まないので見学とお楽しみ抽選会(福引)に参加させていただきました。
<お求めはこちらでどうぞ>
 工場の奥の方に行ったら、こっちでも試飲していました。
<甘強酒造の酒蔵です>
 福引ははずれでしたが、小さめのウエットティッシュを頂きました。
 ゴールの蟹江駅は駅前商店街を抜ければ、もうそこです。近鉄のウォーキングは、ゴールでの手続きがないので、券売機で切符を買い、11:53の急行電車で名古屋に向かいました。
 本当に今日は、暖かく、絶好のウォーキング日和でした。
 
大きな地図で見る

                                                以上

| ウォーレンさわかみ | 23:56 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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